2016年5月10日火曜日

のぞきからくり 「操の鏡 今紫」 あらすじ

のぞきからくり 「操の鏡 今紫」 あらすじ

「金瓶楼」という遊郭の内部だと言われている写真、「金瓶楼」は格式も高い大型店舗だった)

のぞきからくり の外題は今でいえばお昼のワイドショーか三流週刊誌のネタ我多い。 鉄板ネタは今も昔もやはり不義・密通、不倫ものであろう。

のぞきからくり「不貞の末路」というのは有名で動画も存在する。
しかし、そのまったく逆の物語も作られて実演されていたようだ。

「ないない尽くし」という歌で「芸者の誠と四角い卵は見たことない」というのがある。芸者や女郎との約束は当てにならない、「必ず破られる」と世間では思われていた。

この「操の鏡 今紫」は吉原の女郎と二等卒の兵隊、中田との愛の物語である。最後は夫婦になるというこういういい話ものぞきからくりになっていたようである。

花の東京にほど近い 武蔵国は葛飾郡
XXXXXという人が 米相場を致される

財産売り払い 我家までも明け渡す
それでも足らぬ借金に とりわけ美人の姉娘
東京吉原金瓶楼へ  今紫と名を変える

美人で人柄もいいのでお客は多く。お金持ちのだんなが持っていた金時計を今紫にやり、大切に所持していた。ある日、軍隊仲間が中田をだまして吉原へやってきた。

男がよくてやさしくて 正直者の中田に 
さすがの紫ほれこんで 互いに心を打ちあけて 
この世はおろか二世までも 夫婦約束いたされて

今紫は金時計 中田は自分の着る白のシャツ
互いにかたみと取りかわす

面白くないのが隊長の五十嵐であった。実は五十嵐隊長は今紫にかねてより思いこがれていたのであった。五十嵐は中田に金時計を盗んだという無実の罪をきせ憲兵隊へ連れて行った。軍法会議で中田は窃盗罪として裁かれた。

たいこ持からことの次第 聞きし紫おどろきて
時計は私があげたのに にくいは五十嵐隊長と
五十嵐悪事のかずかずを 願書にしたため願い出る

二度の調べに中田さん うれしや無実の言い渡し
陸軍現役満期にて今紫が出向かいに
日頃信ずる神様は 東京名代の神田区の
明神様へ礼参り 今紫も年があき

めでたく夫婦になりました

 「操の鏡 今紫」 一巻の終わりでございます

吉原「金瓶楼」は実在していた遊郭であり、「今紫」も有名な遊女であったのでその名前を借用したものと思われる。今も吉原に「金瓶楼」というソープランドがある。

今紫( いまむらさき):
1853-1913 明治時代の遊女、舞台女優。

嘉永(かえい)6年生まれ。16歳で江戸吉原の大黒楼にはいる。気っぷのよさで知られる。明治5年の芸娼妓(げいしょうぎ)解放令で吉原をでて,芝居茶屋や待合をひらく。25年役者となり三崎座に出演。画家の高橋広湖を養子とした。大正2年9月29日死去。61歳。本名は高橋幸。芸名は高橋屋今紫。

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