湯川秀樹が子ども時代にどんな遊びを楽しんだか書かれている。その中にのぞきからくりや演歌師(艶歌師)も出てくる。
湯川秀樹『旅人・湯川秀樹自伝』(角川文庫、昭35)より
兄がよくかぶと虫を採って来てくれた。先がふたまたに分かれた一本の角を持っているかぶと虫を、私たちは「カブト」と呼んだ。かまのような二本の角を持つくわがたを「源氏」と呼んだ。何もないのは「坊主」である。兄が捕らえてきた虫を、私は木箱に入れて砂糖水で飼った。時々、箱から出して相撲をとらせたり、紙で作ってきた車をひかせたりした。木箱のふたには小さな穴をいくつもあけて、風通しをよくした。夜の間に逃げ出さないように、箱の上に石を置いた。(中略)
出町から今出川の通りにかけて、月に二回、十四日と二十二日に縁日が出た。露店に燃えるアセチレンのにおいは、今でもあざやかによみがえってくる。
家の二すじ南には、荒神様のお社があった。ここの縁日にも露店はたくさん出た。いや、露店だけではない。のぞきからくりは、不思議に子供の夢をさそった。料金は二銭だったと思う。口上の文句は忘れたが、小さな窓からのぞくと、極彩色の絵が見える。いまで言えば、紙芝居に当たるものであろうが、それよりずっと情趣があったように思えるのは、古い時代のものであるからかもしれない。説明者は、棒をたたいて拍子をとりながら、声色を使う。内容は子供の私にはよく分からず、興味もなかった。しかし、からくりの持つふんいきには、魅力があった。
からくりの隣りでは、艶歌師が流行歌をうたっていた。金魚屋も店を出した。ほうずき、べっこうあめ、うつしえ。夏ならば、とうもろこしを焼きながら売っている店もあった。露店といえば家庭の日用品や、安呉服なども売っていたはずだが、目に浮かぶのは、子供の私に魅力のある店屋ばかりである。べいごまを京都の子供たちはパイと呼んでいた。みかん箱やバケツの上に小さなござをくぼませて、そこへ叩きつけるように径二センチぼどの鉄のこまをまわすのである。こまは時々ふれあったて火花を散らした。一方はござの外まではねとばされることもある。
「メンコ」という遊びもあった。丸い厚紙には、たいてい、軍人や役者の似顔絵がはりつけられていた。地面に置かれた一枚に向かって、一人の子が自分のメンコを力いっぱいたたきつける。相手のメンコを裏返しにすれば、勝負はつくのである。
「カナメン」というのもあった。小さな鉛の薄板である。飛行機や、飛行船などの形をしていた。地面に置かれたカナメンの真上から、静かに自分の一枚を落とすのである。うまくあたると、置かれていたカナメンはひるがえって裏を見せる。私は何十枚というカナメンを、重そうに兵児帯の中に巻き込んである男の子を見て、その子の「自由」がうらやましかった。
兄がよくかぶと虫を採って来てくれた。先がふたまたに分かれた一本の角を持っているかぶと虫を、私たちは「カブト」と呼んだ。かまのような二本の角を持つくわがたを「源氏」と呼んだ。何もないのは「坊主」である。兄が捕らえてきた虫を、私は木箱に入れて砂糖水で飼った。時々、箱から出して相撲をとらせたり、紙で作ってきた車をひかせたりした。木箱のふたには小さな穴をいくつもあけて、風通しをよくした。夜の間に逃げ出さないように、箱の上に石を置いた。(中略)
出町から今出川の通りにかけて、月に二回、十四日と二十二日に縁日が出た。露店に燃えるアセチレンのにおいは、今でもあざやかによみがえってくる。
家の二すじ南には、荒神様のお社があった。ここの縁日にも露店はたくさん出た。いや、露店だけではない。のぞきからくりは、不思議に子供の夢をさそった。料金は二銭だったと思う。口上の文句は忘れたが、小さな窓からのぞくと、極彩色の絵が見える。いまで言えば、紙芝居に当たるものであろうが、それよりずっと情趣があったように思えるのは、古い時代のものであるからかもしれない。説明者は、棒をたたいて拍子をとりながら、声色を使う。内容は子供の私にはよく分からず、興味もなかった。しかし、からくりの持つふんいきには、魅力があった。
からくりの隣りでは、艶歌師が流行歌をうたっていた。金魚屋も店を出した。ほうずき、べっこうあめ、うつしえ。夏ならば、とうもろこしを焼きながら売っている店もあった。露店といえば家庭の日用品や、安呉服なども売っていたはずだが、目に浮かぶのは、子供の私に魅力のある店屋ばかりである。べいごまを京都の子供たちはパイと呼んでいた。みかん箱やバケツの上に小さなござをくぼませて、そこへ叩きつけるように径二センチぼどの鉄のこまをまわすのである。こまは時々ふれあったて火花を散らした。一方はござの外まではねとばされることもある。
「メンコ」という遊びもあった。丸い厚紙には、たいてい、軍人や役者の似顔絵がはりつけられていた。地面に置かれた一枚に向かって、一人の子が自分のメンコを力いっぱいたたきつける。相手のメンコを裏返しにすれば、勝負はつくのである。
「カナメン」というのもあった。小さな鉛の薄板である。飛行機や、飛行船などの形をしていた。地面に置かれたカナメンの真上から、静かに自分の一枚を落とすのである。うまくあたると、置かれていたカナメンはひるがえって裏を見せる。私は何十枚というカナメンを、重そうに兵児帯の中に巻き込んである男の子を見て、その子の「自由」がうらやましかった。
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